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遠方指向性の消失 ―― 鹿島茂

遠方指向性の消失 ―― 鹿島茂

 若者が、とりわけ男子が外国文化や言語への興味を失い、「内向き」になっている現象は、二段階の変化によってもたらされたと思う。一つは、一九七五年頃から生じた大学生の質的変容。もう一つは九〇年代バブル崩壊以後の社会の動向。このうち、とりあえず、前者について話したいが、しかし、その前に、明治以後、日本の若者がなぜ外国の文化や言語に憧れ、西洋的な教養の摂取に熱心だったのか、それを明らかにしておこう。
 開国によってもたらされたショックによって、日本は欧米の文化の移入に熱心になったが、全員がそうだったわけではない。大衆は舶来品をありがたがったが、欧米文化そのものに興味を持ったわけではなかった。反対に、高等教育を受けた中層以上の人々はほとんど例外なく、欧米の文化を一つの規範として受け入れるようになった。
 なぜかといえば、教育を介して「知」の過程にアクセスすることで、彼らの心の中に必然的に「遠方指向性」というものが生まれたからだ。学生たちは、身近にいる両親の言葉よりも、未知の著者の言葉を信じた。活字であるという、実体のなさゆえの「遠さ」が、魅力的に見えたからである。やがてこの「遠方指向性」は「ここよりほかの場所」の原理で、知的エリートをパリやロンドンの方を向かせるようになる。つまり、エリートは知的過程に参入することで、必然的に欧米文化への親近感を強くしていったのである。
 そして、彼らの知的な要求に答えるために外国文学・語学系の学部や出版社、映画会社・レコード会社などが生まれた。いわゆる「外文系」と呼ばれる文化装置である。これが、明治から一九七五年頃まで続いた。
 ところが、団塊の世代が大学を卒業し終わった一九七〇年代半ばから、見えない地層で地滑り的な変化が生まれていた。外国のモノ、とりわけブランド品が街に溢れるのに反比例するように外国文化への興味が失われていくという現象である。モノと文化はトレード・オフ(どちらか一方を手に入れたら、もう一方を手放さなければならない)の関係にあるかのようであった。これが外文系の衰退の始まりであった。
 なぜ、こうした現象が生じたのか?
 知的エリートであるはずの大学生が、遠方指向性を特徴とする知的上昇の過程に入ることなく、子供時代の延長として「モノ」を愛するようになったからだ。これは男子においてはオタク化現象、女子においてはブランド品愛好となってあらわれた。
 しからばなにゆえに、大学生は知的過程に参入しなくなったのか?
 学園紛争に懲りた文部省が、大学生は生活領域以外の余計なことは考えず、ただ実学的な勉強に打ち込んでいればよいという方針を打ち出したからだ。その典型が大学の郊外移転である。これにより、学生は無菌的環境に置かれ、社会との接点を失う。知的な上昇とは、生活領域以外の、たとえば「社会と自分との関係」などに思いを巡らすことから始まるのだが、当時の社会は総力をあげて「君、そういう余計なことは考えなくてもいいよ」と呼びかけたのである。
 かくて、大学生の知的過程への参入の機会は消滅し、必然的に遠方指向性もなくなった。そして、当然のように、外文系への無関心が生じたのだが、しかし、それはまだほんの序曲にすぎなかったのである。
(フランス文学者)

日本経済新聞 2009年6月17日 プロムナード
  1. 2009/06/20() 15:30:18|
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