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白銀比 vs 黄金比

日本人 なぜキムタク好き?

 西洋と日本の美意識には微妙な違いがあるらしい。縦横の比率だと、なぜか西洋人は「黄金比(1対1・1618…)」を好み、日本人は「白銀比(1対√2=1・414…)」を好む傾向があるそうだ。
 身の回りを見渡すと、どちらの比率も、世の中にあふれている。たとえば名刺やクレジットカード、洋書のペーパーバックなどは「黄金比」だし、日本の文庫本やA判、B判のコピー用紙などは「白銀比」だ。
 ただ西洋では古代から「黄金比」が均整が取れた美しい比率だと認知され、ギリシャのパルテノン神殿やミロのビーナスなど様々な建築や芸術に取り入れられてきた。いわば美の代表的な基準だったわけだ。
 「ところが日本人の感覚からすると、この黄金比はやや横長すぎるような気がする」。東京工芸大学の牟田淳准教授はこう指摘する。「むしろ正方形に近い白銀比の方が黄金比よりもしっくり来る」という。
 感覚的に言うと「黄金比」は面長で大人びた印象、「白銀比」は丸みを帯びて幼い印象が強くなる。これはレオナルド・ダ・ヴィンチの名画「モナ・リザ」と、日本の人気スター、木村拓哉さんの顔の輪郭を見比べるとよく分かるらしい。
 牟田さんによると、モナ・リザの縦横比は西洋人好みの「黄金比」、キムタクの縦横比は日本人好みの「白銀比」なのだそうだ。「もちろん例外はあるが、日本人は本来、西洋人よりも手足が短くて、顔の輪郭が丸や正方形により近い。だから日本人は黄金比よりも白銀比の方に親近感を抱きやすいのでは」と説く。
 ちなみに人気キャラクターのシルエットでは「ドラえもん」「アンパンマン」「ハローキティ」「ミッキーマウス」などの多くが「白銀比」で、「黄金比」ではなかったそうだ。「白銀比」には〝カワイイ文化〟に通じる魅力が隠されているのかもしれない。
(編集委員 小林明)

日本経済新聞 2009年9月19日 日経プラスワン 裏読みWAVE
  1. 2009/09/28() 17:22:13|
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日本経済新聞 2009年9月20日 春秋

 鳩山由紀夫首相の外交デビューの週だ。国連総会など国際会議があるため、最初の訪問国は米国になったが、しばしば「愛」を口にする鳩山氏に似合った「愛の国」がある。英国の西にある島国アイルランド。「愛蘭土」と表記される。
▼略して「愛国」とすると、硬いイメージだが、日本とこの国との関係は「日愛関係」。この漢字の連なりは、ほほ笑ましいような、それでいて官能的にも見える。「アイルランドを知れば日本がわかる」(林景一)によれば、日愛両国には共通点が多い。例えば、ともに島国で資源がない。唯一の資源は「人」だ。
▼だから人を輸出した。海外日系人は約250万人だが、海外のアイルランド系人口は、米国だけで4000万人。オバマ米大統領もアイルランドの血をひく。ボクシング元ヘビー級王者、モハメド・アリさんは曽祖父の出身地だったアイルランドのエニスで名誉市民の称号を受けた、と今月初めニュースになった。
▼林氏は、詩人丸山薫の作品の一節「日の照りながら雨の降る/あいるらんどのやうな田舎に行こう」を引く。日が照りながら雨が降る。島国の自然のいたずらか。日本の自然もそうだ。「降りみ降らずみ星の合う夜なりけり」(黛まどか)。降ったり降らなかったり……。雨は鬱陶しい。でも秋のそれは詩になる。

日本経済新聞 2009年9月20日 春秋
  1. 2009/09/28() 16:54:04|
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日本経済新聞 2009年9月28日 春秋

 「あの人は官僚だな」と言えば一般には悪口である。規則を盾に融通がきかない。事なかれ主義で前例踏襲をむねとする。上の意向を絶えずうかがい、下に対して冷淡。こんなタイプの人のことだ。組織あるところどこの世界にもいる。
▼企業にも多い。いま問題の日本航空を御巣鷹山事故の後に取材した時。客室乗務員のエプロンを機内販売しようとしたら規則がどうのこうのと横やりが入り、最後に「社長の許可」を取れと言われたという話を聞いた。たかがエプロンで社長におうかがいだ。この手の話を笑えない会社も少なくないのではないか。
▼最近はコンプライアンス(法令順守)対策などで社内規則などが増える一方だ。官僚主義がはびこる恐れがある。下手をすると「守られない規則を山と作る結果になります」とパナソニックの法務担当の鹿島幾三郎常務は言う。「現場の声を聞き、実効が上がるように改めなくては駄目です」と形式主義を戒める。
▼富士通のコンピューター事業を育てた小林大祐さんが会長時代にこう言っていた。「規則をたくさん作って楽ができるのは上の者です。規則通りやれと言っていれば、考えずに済みますから」。うっかりすると、上から目線の社内官僚がのさばる。お役所的な会社にしないように経営者はぼんやりしていられない。

日本経済新聞 2009年9月28日 春秋
  1. 2009/09/28() 16:51:54|
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時間稼ぎとしての枕詞 ―― 鹿島茂

時間稼ぎとしての枕詞 ―― 鹿島茂

 大学の二年生ゼミで「小倉百人一首」を読んでいる。戦前までの日本文学や演劇を理解するには「小倉百人一首」の素養が不可欠だと考えるようになったからだが、先日、「あしびきの」「しろたへの」といった枕詞の説明をしているときに、ふと思いついたことがある。
 それは、枕詞というのは、万葉の時代に和歌の応酬を口頭でやっているときに生まれた「時間稼ぎ」「場もたせ」の表現ではないかということだ。つまり、これといった明確なイメージは浮かんでこないので、差し当たり、「あしびきの」とか「しろたへの」といった意味のない枕詞を並べておき、その間に頭の中で言葉やイメージを組み立てて「山鳥の尾の」とか「ころもほすてふ」と続ける。つまり、意味論的には「あのー」とか「えーと」に等しいわけだが、それでいて、形式的には、立派な和歌的表現として認められるというまことに重宝な手法であったのだ。万葉の時代が終わって、古今、新古今の時代になり、和歌が口頭の応酬でなくなると、枕詞も消えるという事実はなによりも、「時間稼ぎ」「場もたせ」説の裏付けになってはいないだろうか?
 では、なぜ、こんな枕詞の説明を思いついたかというと、それは大学院時代に語学の天才と言われた畏友のY君から聞いた会話上達法の記憶があったからだ。
 Y君曰く「日本語の会話を速記で活字にしてみるとわかるのだけれど、話し言葉というのはその多くが意味のない《時間稼ぎ》《場もたせ》の表現なんだね。つまり、われわれは口ではなにか話しているうちに頭で次に言うべきことを考えているわけだ。ところが外国語会話となると、これができない。日本人はいきなり意味のあることを言おうとして、頭の中であらかじめ文を組み立てる。これがいけない。会話が始まっても沈黙の時間が続くことになるからね。そこで、ぼくは、英語でもフランス語でも、意味のない《時間稼ぎ》《場もたせ》表現を最初に暗記することにした。できるなら、状況におうじて一〇個くらいあるといい。これを言っておけば、差し当たって沈黙をしないですみ、その間になにか考えることができるわけだからね。
 わたしはこれを聞いて、なるほど外国語のプロというのは、言語の本質を摑むプロでもあるのかと感心し、さっそくフランス語の《時間稼ぎ》《場もたせ》表現を暗記することにした。もっとも、Y君と違って本質的なところで語学的才能に恵まれていなかったせいか、さして会話は上達できなかったが。とはいえ、会話とは国語、外国語に限らず、《時間稼ぎ》《場もたせ》が基本だということはしっかりと記憶に刻みこむことができた。

 さて、ここで、話をいきなり国会で交されている政治家の質疑応答に転ずる。というのも、たまに国会中継を聞いていると、そのほとんどが意味を欠いた《時間稼ぎ》《場もたせ》表現であることに驚くからだ。意味ある部分だけをつないだら、国会中継など数分で終わってしまうのではないか?
 そう、枕詞につぐ枕詞、いや全部が枕詞だと言っていい。この意味では、日本の国会は万葉集の伝統を正しく受け継いでいるのである。
(フランス文学者)

日本経済新聞 2009年5月13日 プロムナード
  1. 2009/06/20() 17:00:06|
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遠方指向性の消失 ―― 鹿島茂

遠方指向性の消失 ―― 鹿島茂

 若者が、とりわけ男子が外国文化や言語への興味を失い、「内向き」になっている現象は、二段階の変化によってもたらされたと思う。一つは、一九七五年頃から生じた大学生の質的変容。もう一つは九〇年代バブル崩壊以後の社会の動向。このうち、とりあえず、前者について話したいが、しかし、その前に、明治以後、日本の若者がなぜ外国の文化や言語に憧れ、西洋的な教養の摂取に熱心だったのか、それを明らかにしておこう。
 開国によってもたらされたショックによって、日本は欧米の文化の移入に熱心になったが、全員がそうだったわけではない。大衆は舶来品をありがたがったが、欧米文化そのものに興味を持ったわけではなかった。反対に、高等教育を受けた中層以上の人々はほとんど例外なく、欧米の文化を一つの規範として受け入れるようになった。
 なぜかといえば、教育を介して「知」の過程にアクセスすることで、彼らの心の中に必然的に「遠方指向性」というものが生まれたからだ。学生たちは、身近にいる両親の言葉よりも、未知の著者の言葉を信じた。活字であるという、実体のなさゆえの「遠さ」が、魅力的に見えたからである。やがてこの「遠方指向性」は「ここよりほかの場所」の原理で、知的エリートをパリやロンドンの方を向かせるようになる。つまり、エリートは知的過程に参入することで、必然的に欧米文化への親近感を強くしていったのである。
 そして、彼らの知的な要求に答えるために外国文学・語学系の学部や出版社、映画会社・レコード会社などが生まれた。いわゆる「外文系」と呼ばれる文化装置である。これが、明治から一九七五年頃まで続いた。
 ところが、団塊の世代が大学を卒業し終わった一九七〇年代半ばから、見えない地層で地滑り的な変化が生まれていた。外国のモノ、とりわけブランド品が街に溢れるのに反比例するように外国文化への興味が失われていくという現象である。モノと文化はトレード・オフ(どちらか一方を手に入れたら、もう一方を手放さなければならない)の関係にあるかのようであった。これが外文系の衰退の始まりであった。
 なぜ、こうした現象が生じたのか?
 知的エリートであるはずの大学生が、遠方指向性を特徴とする知的上昇の過程に入ることなく、子供時代の延長として「モノ」を愛するようになったからだ。これは男子においてはオタク化現象、女子においてはブランド品愛好となってあらわれた。
 しからばなにゆえに、大学生は知的過程に参入しなくなったのか?
 学園紛争に懲りた文部省が、大学生は生活領域以外の余計なことは考えず、ただ実学的な勉強に打ち込んでいればよいという方針を打ち出したからだ。その典型が大学の郊外移転である。これにより、学生は無菌的環境に置かれ、社会との接点を失う。知的な上昇とは、生活領域以外の、たとえば「社会と自分との関係」などに思いを巡らすことから始まるのだが、当時の社会は総力をあげて「君、そういう余計なことは考えなくてもいいよ」と呼びかけたのである。
 かくて、大学生の知的過程への参入の機会は消滅し、必然的に遠方指向性もなくなった。そして、当然のように、外文系への無関心が生じたのだが、しかし、それはまだほんの序曲にすぎなかったのである。
(フランス文学者)

日本経済新聞 2009年6月17日 プロムナード
  1. 2009/06/20() 15:30:18|
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